2011年10月 のアーカイブ
2011年10月27日 木曜日

雅楽師 東儀秀樹


 


ある時、彼が吹く篳篥の音色を聞いていると、無性に自分も吹きたくなった。


ネットで調べて雅楽専門店を見つけて飛び込んでいって一本の篳篥を購入した。


そうは簡単にいくものではないとは解っていながら「何とかなるんじゃない?」という安易な気持ちもあった。


一生懸命練習して、彼を驚かせてやろう!と頑張ってみた。


結果は「玉砕」・・・・。


音階どころかウンともスンとも音が出ない・・・・。


自分なりに結構頑張ったのだが、肺活量が持たない。


これはもうやっぱり聞く側に回るしかない。


いくらプロであり雅楽の第一人者であるとしても、彼は篳篥だけではなく笙や龍笛、ピアノも弾けばギターもやる。しかも全て一流。


良く考えてみると、千数百年と言う永い歴史に裏付けられた宮廷音楽家としての遺伝子が細胞の中に脈々と流れている彼と比べること自体がまったくナンセンスである。


しかも、彼は忙しい合間を縫ってクラシックカーやバイクを駆り、コンサートをこなし、ドラマの撮影もこなす。


それら全てを彼は心底楽しんでこなしている。これだけ多岐に亘るジャンルを、ここまで楽しめてる人ってそう希には居ない。


これだけ忙しくても「疲れている彼」を未だ見たことがない。


彼は「雅楽とは天・地・空を合わせる、つまり宇宙を創ること。天文の動きを何百年、何千年かけて図り得た統計学に基づいて構築されたものだからこそ自然(宇宙)と人間の調和などが考え抜かれた芸術であるということになる。」と語っている。


彼は宇宙空間を舞いながら、目の前にある興味あること、楽しいと感じること、感性を刺激すること、それら全てを受け入れ、そして楽しみ、そして自分のものにしてしまう、それが彼の才能なのかもしれない。


その才能を駆使して自分の使命を大いに楽しみながら実践する、そんな彼だからこそ為し得る「文化の継承」、それが彼の造り上げた新しい雅楽なのだとつくづく思う。


「温故知新」とは、まさに彼の生き様を表現する言葉にふさわしいと感じるのである。


先人の創り出した良い文化を、今を生きる我々は後世に伝える為の努力を一時も怠ってはならない。


 

2011年10月20日 木曜日

雅楽師 東儀秀樹


 


ある時、彼のコンサート中、今まで体験したことのない不思議な感覚を覚えたことがある。


それは、彼が笙(しょう)をソロで演奏しているときのこと。


会場は山梨県の身曾岐神社の野外コンサートホールだった。ステージの裏には天を仰ぐほどの大きな杉の木が一本あって、彼の演奏が始まると不思議なことに、何度目をパチクリしてもその杉の木しか眼に入らないようになった。


私は抵抗するでもなく、そのまま彼の笙(しょう)の演奏に集中した。


すると、杉の木のてっぺんから一本の光が天に向かってスーっと伸びて行き、彼が演奏する間その淡い青い光が消えることなく心地よく揺らいでいた。


私はその間、何とも言えない落ち着いた、限りなくリラックスした感情にまとわれていた。(後にも先にもあんなリラックスした感情は体験したことがない))


そして彼の演奏が終わると、どの感情から出て来たのか、涙がうっすら頬を伝った。


まわりに悟られるまいとうまくごまかした。


そしてコンサートが終わって、いつもどうり楽屋にお邪魔し、その体験を彼に話したら、いつもの爽やかな表情で「よくあるみたいだよ」と、さほど驚きもしない。


「じゃあ一体あの情景は何だったんだろう?」またひとつ、彼の神秘に興味が湧いた。


後に彼は「雅楽は音楽芸術であるだけでなく、そこには哲学や宇宙感が深く関わっている。


笙の音色は天からの光を、篳篥は地上の音、龍笛は竜の声、つまり空間を象徴している。」と語っている。


鳥肌が立った。あのときの青い光は天からの光だったんだ。


なんか、すごく幸せな気持ちになった。



2011年10月14日 金曜日

雅楽師 東儀秀樹


 


そんな出会いをきっかけに、私達はあるときは深夜まで車やバイクの話、あるときは夢を語り合ったりした。(私のレベルに合わせてくれてる?)


でもいつも思うのは、そんな話をしているときの彼は、本当に純粋で屈託がなく、まるで夢見る少年がそのまま大きくなったような爽やかさを感じる。


でも彼の仕事は雅楽師。私達が想像もできないような荘厳で厳格な大きな責任を一手に担っている。そのギャップが私には不思議でならなかったし、魅力的だった。


そんなある時、彼のコンサートに行った。


結論から言うと、「衝撃的」だった。と言うのは、私の少ない知識から知りえる「雅楽」と言うのは笙(しょう)や篳篥(ひちりき)などの管楽器や琵琶、琴、打楽器類で表現される音楽、と考えていたのだが、彼のステージは雅楽をしっかりとした骨格に持ちながら、異文化とコラボレーションされた、今までに体験したことのない新しい音楽文化のような衝撃を感じたのである。


私が始めって行ったコンサートは、彼が自ら中国上海に出向いて、中国民族楽器の若手演奏家をプロデュースして「TOGI+BAO」というユニットを組んでのコンサートだった。


中国民族楽器との合奏あり、ロックあり、でも根底にはしっかりとした紛れもない本物の「雅楽」が脈々と流れている。


俗っぽい表現は良くないが、「めちゃくちゃカッコ良かった」


それから何度も彼のコンサートに足を運ぶようになった。演奏が終わると必ず楽屋にお邪魔するのだが、そこには先ほどまでの雅楽師の東儀秀樹ではなく、親友の気さくな東儀秀樹が居る。


私はいつも彼のその心地よい「ギャップ」を感じていた。


まさに彼は「雅楽」と言う宮廷音楽を骨格にし、自分が得てきた様々な感性を見事にコラボレーションさせ、見る者を飽きさせないまったく新しい分野を開拓し、そしてその活動を通じてひとりでも多くの人に「雅楽」の素晴らしさを伝え、広めていくことを自らの責任としてその重責を心底楽しみながら舞っている、それが東儀秀樹の魅力であることに気付いた。


現に私自身も、それまで縁の遠かった「雅楽」というものの魅力を彼によって気付づかされ、そして楽しみ、今ではすっかり雅楽のファンとなっている。


温故知新・古き良き歴史、伝統を後世に伝えていく術、私の中にあった迷いが、雅楽師東儀秀樹の生き様を見て、スーっと消えていった。