2011年10月20日 木曜日
温故知新 その21

雅楽師 東儀秀樹


 


ある時、彼のコンサート中、今まで体験したことのない不思議な感覚を覚えたことがある。


それは、彼が笙(しょう)をソロで演奏しているときのこと。


会場は山梨県の身曾岐神社の野外コンサートホールだった。ステージの裏には天を仰ぐほどの大きな杉の木が一本あって、彼の演奏が始まると不思議なことに、何度目をパチクリしてもその杉の木しか眼に入らないようになった。


私は抵抗するでもなく、そのまま彼の笙(しょう)の演奏に集中した。


すると、杉の木のてっぺんから一本の光が天に向かってスーっと伸びて行き、彼が演奏する間その淡い青い光が消えることなく心地よく揺らいでいた。


私はその間、何とも言えない落ち着いた、限りなくリラックスした感情にまとわれていた。(後にも先にもあんなリラックスした感情は体験したことがない))


そして彼の演奏が終わると、どの感情から出て来たのか、涙がうっすら頬を伝った。


まわりに悟られるまいとうまくごまかした。


そしてコンサートが終わって、いつもどうり楽屋にお邪魔し、その体験を彼に話したら、いつもの爽やかな表情で「よくあるみたいだよ」と、さほど驚きもしない。


「じゃあ一体あの情景は何だったんだろう?」またひとつ、彼の神秘に興味が湧いた。


後に彼は「雅楽は音楽芸術であるだけでなく、そこには哲学や宇宙感が深く関わっている。


笙の音色は天からの光を、篳篥は地上の音、龍笛は竜の声、つまり空間を象徴している。」と語っている。


鳥肌が立った。あのときの青い光は天からの光だったんだ。


なんか、すごく幸せな気持ちになった。