2012年10月15日 のアーカイブ
2012年10月15日 月曜日

その37に引き続き、尖閣諸島問題に関する所感だが、ここのところもっぱらの話題はこの尖閣諸島問題である。


どなたとお会いしてもまずこの話題になる。


しかし、最近気になるのは「あの中国国内での暴動によって、またふたたび仕事が日本に戻ってくることを期待している。」という声がやたら多いことだ。


戻ってくるものを拒まない寛大な精神は必要であろう。


がしかし、「世界経済の大きな流れ、技術革新の大きな流れ」と言う観点に立って考えたとき果たしてそれらの期待は如何なものかな?と思う。


世界の経済や技術の流れは、水の流れと同様、高いところから低いところへと移っていくものと考える。発展途上国が先進国に学び、いずれは経済発展し国民の生活が安定する。次は貧困国が発展を目指し、より良い生活を過ごせるよう努力する。その基盤となるものが技術革新であると考えている。すなわちバトンの引渡しである。


中国へ流れた仕事は、必然的に流れたもの、すなわち大きな世界経済の流れに従って移行したものである。


「国内空洞化」と言う言葉を聞いて久しいが、それは我々日本人が先進国の一員として永い間、同じ椅子にどっかりと座りすぎた結果なのかもしれない。


よくよく考えてみると、戦後の焼け野原から立ち直り、目覚しい経済発展を成し遂げた我々日本も、アメリカを始めとする先進国の技術を取り入れ、より安く高品質なものを世界に発信したからこそ成しえた発展であったはずだ。


大きな経済の流れで必然的に去っていったものに対して戻ってくる期待をする前に、次世代のために、次々世代の子孫のために、世界に通用する技術の遺産を今を生きる我々は残す努力を惜しまないことの方が先決だと強く思う。